伝えようとすることは気持ち悪い

昔から、人に何か伝えようとすることがものすごく苦手だ。めんどくさくなっていつもフェードアウトとか連絡ぶっちとかしてきた。

中学生の時とか、友達同士で揉めたりしてるとき、よく話し合いとかあったけど、私はいつも傍観者の気分でそれを見てるだけだった。

いつも心のなかでは「めんどくさいなあ、嫌なら一緒にいなければいいだけじゃん。」と思ってた。

 

とにかく自分の発言で誰かの気分を害して人から怒られるのが怖いし、誰かから何か深刻なことをわざわざ言われるのが怖くていつも逃げて逃げてきた。

人間なんて分かり合うことができないと最初からずっと諦めてきたし、誰かの心を強制することなんてできないから、いつも来る者拒まず去る者追わずで生きてきた。

自分を主張するのがすごく嫌だった。だからできるだけ人と深く関わらないことをずっと望んできた。

まあでも最近は、こんなんではいかんな、ちゃんと説明しなきゃわかってくれない、自分は随分誤解されているし相手のこともかなり誤解しているのかも知れない、と思って最近の自分は「ちゃんと説明する」っていうのをがんばってる。

 

いくら気の合う人だって、完璧に自分と同じ人間はいないから、ある程度合わない部分があったら言葉で説明しなきゃ誰とも一緒にいられない。

完全な孤独が好きな人なら説明をする必要性は無いと思うけど、私には無理だ。

 

んで、この「ちゃんと説明する」、っていうことはすごく便利なのね。今までの自分がどれだけ被害妄想が激しくて、どれだけ損をしてきたかが解った。

言葉でわざわざ説明しなきゃいけないことはこの世に沢山あるんだ、ってことに気付かされた。すごく嬉しかった。

 

でも、この「ちゃんと説明する」っていうのを頑張ろうとすればするほど、説明しようとすればするほど、

人間って、いつも自分の言う事聞いてもらいたくて必死なんだな、ってすごく感じた。それがすごく気持ち悪かった。

 

「結局全部自分の為かよ?」ってのと、「分かり合いたい」「誤解したくない」「誤解されたくない」っていうのずっと行ったり来たりしてる。

すごくめんどくさいし、本当に気持ち悪い。